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2012.10.27 OMOIDE
OMOIDE

タイトルにローマ字を使うことはそうそうないのだけれど(別に大好きなスピッツへのオマージュというわけでもない)、福岡の思い出を少し。

これは、現在記念館にもなっている北原白秋生家で買った。抒情小曲集にもかかわらず、「長序」とあるとおり実に、実に長い序文が書かれている。上田敏が絶賛したという。

あんまり長いので実はまだ読み終えていない。でもこれだけ長いと、かえって「いつでも好きなときに、好きなだけ時間をかけて読んでいいんだなぁ」という余裕が不思議と出るようで、よっしゃ早く読もう!と気が急く感じがしないのである。にじみ出る大詩人の余裕に引っ張られているのかもね。





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母親が人生初の入院中に「音楽が聞きたいからウォークマンがほしい」と言うので、iPod shuffleを買うことにした。近くの電気屋になくネットで見ると、そういえば無料刻印サービスがあったのだった。昔自分のiPod nanoを買ったときと同じように、最近気に入っている言葉を(勝手に)入れて注文しておく。

特別なものではないけれど、前回は“It'll be in the valley of love and delight.”と、好きな“Simple gifts”という曲の歌詞からとってみた。今回は最近のマイブーム(?)、“God is in the details.”としておく。
というのも、東芝LED電球のCMが素晴らしすぎるのである。

東芝LED「僕とLEDの10年」

もう、何度見ても涙が止まらない。どうしてここまで自分が感動してしまうのかというと、やはりそれはディテールの力なのだと思う。はずむポニーテール、突き上げるガッツポーズ、ジェンガにテーブル卓球、ラジオ体操の腕の振り。うふふ、逆だよ。
そりゃあこれだけよく作られたCMだから細部に至るまで演出されているといえばそれまでなのだけれど、やっぱりそれだけではない気がする。どこまで作りこんでも、必ずどこかに作り手の人生経験や「人となり」みたいなものがにじみ出てしまうものなのではないか。そしてそれが豊かであればあるほど、人の琴線に触れるのではないか。

wikipediaによると、

The idiom "God (is) in the detail(s)" expresses the idea that whatever one does should be done thoroughly; i.e. details are important.(Random House Dictionary)

ということらしい。自分の受けた印象とは少し違うなぁと思った。いや、単に英語を読み取る能力がないだけなのか。ここからはおそらくもともとの意味からは外れていくのだけれど、最近思っているのはこんなことである。

井上ひさしさんだって『井上ひさしと141人の仲間たちの作文教室』で似たようなことを言っておられたし、村上春樹さんだって(こちらは出典を忘れてしまったのだけれど)、「自分は特別な文章の才能のある人間ではないけれど、ある種のドアを開けられるように選ばれた人間だ」というようなことをインタビューで言っておられた。

つまり、きっとそういうものなのだと思う。どれだけ事前に詳細な算段をしようとも、作っていく過程で脱線する、あるいは行き過ぎる機会は必ずある。手が勝手に、とか頭が勝手に、とか。こんなことを言いたいはずじゃなかったのに、あれおかしいな、とか。でも何だかここにはうまくいえないけれどすごく大事なエッセンスが詰まっている気がする、そして自分は気づいていなかったけれどそれを昔からずっと知っていた気がする、とか。

そうやって、期せずしてどこかで開いてしまった扉の先にあるスピリットが、人の心を動かす。程度の差こそあれ、あらゆる生き物はそれを感じ取ってしまう。

自分もアマチュアのゆるホルン吹きだけれど、ときどきそういう世界を覗いてしまうことがあって、とても有り難くて嬉しい気持ちになる。

最近よく、豊かであるために勇敢でなければならない、と思う。守ることは攻めることでもあるし、攻めることは守ることでもある。
higher and higher、志をもっと高くと思う一方で、もっと深く、暗いところへ到達したい。その深さや暗さは内に籠もるというよりはむしろ、新しい、外的な局面へ向かうベクトルである。新しいことというのは必ず自分史上未踏の地であって、それはすなわち深さや暗さに通じる。見知らぬ土地、見知らぬ思想。
自分を豊かに保つために、状況や環境によって「好奇心」だとか「野心」だとか「冒険心」だとか呼ばれるそれを、失いたくないと思うのである。

そしてこうして得た豊かさは必ず、自分の行動というフィルターを通して、言動のはしばしに現れるはずだ。
だから、自分もディテールに豊かさがにじみ出てしまうような人間でありたいと思う。長い序文にも余裕が垣間見えるような。

それでこのCMを見て、ああ「神は細部に宿る」というのはまったく本当だなぁ、としみじみ感じ入っていたわけなのだった。まわりくどいわ。

それをなぜ母の持ち物に入れたかというとそこには何の理由もない。わはは。これだけ長く書いておいて。
しいていえば、ゆくゆく自分が買い取るかもしれないので、一応気に入ったものにしておこうという打算だろうか。


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さて、こんな話は終わって福岡の思い出。

新幹線で2時間半、お昼に博多駅に到着。約5年ぶりの博多駅は随分と整備されてきれいになっており、駅ビルが発展していた。「博多は大都会っちゃね」、と似非博多弁でつぶやいてみたら、今は東京にいる博多出身の友達2名から即座に「言う、言う」とお墨付きをいただいた。それだけでもう、博多っ子の郷里愛が窺える。


お茶漬け

駅ビルの上層階に「くうてん」というレストラン街ができていたので、そこでお茶漬けランチにしてみる。私の関西弁を聞きつけた店員さんが「高槻出身なんです~」と親しげに話しかけてくれたのは、もしかしたらホームシックだったのかもしれない。


鉄道神社

駅ビルの屋上には展望台と鉄道神社があった。鉄道神社とこの子たちの関係性は不明。しかし屋上は大変景色がよかった。


山笠

山笠

博多にある櫛田神社へ。櫛田、というぐらいだからクシナダヒメかと思いきや、祀られているのは大幡大神、天照皇大神、素盞嗚大神の三神だそうだ。
保管されている祇園山笠はたいそう立派だったが、隣の「自動照明案内機」が気になった。本当に動くのだろうか。

おみくじ

せっかくなのでおみくじを引いてみる。50円×2枚で日本語と英語とを試しに引いてみたところ、別々に箱から引いたのに内容が同じで驚いた。

『第一番 大吉
 待人 : おそし又おとずれもなし』

『Number13 Moderately Lucky
 Expected Person : Will not arrive and will be in touch late.』


何と忸怩たる思い。よりによってそこがリンクするのか。


博多駅ではお土産物市場で明太子を買って、父が帰省している、広島の祖母の家へ送ってみる。ちょうど父が誕生日だったので良い贈り物ができてよかった。
すると、その日の夕方送ったにもかかわらず翌日の午前中に「届いたよ」と連絡があり、あまりの早さに驚いた。あんな山奥までいつの間に運んだんだ。仕事が早くてありがたいが逆にこわい。
ここ日本でも、悪いことをしたらきっと一瞬で探しだされてしまうにちがいない。

夜は友達と、もつ鍋専門店で鍋をつつく。お腹がいっぱいで残してしまったが、本当においしかった。


灯明

灯明

訪れた日にはたまたま『灯明ウォッチング2012』というイベントが行われており、市内各所で灯明が見物できるらしいので、散歩がてら行ってみた。街がすっかりライトダウンされ、点在したエリアに灯明が並べられていてとてもきれいだった。


灯明

自分のカメラの腕前がいまいちだったがために、切り込みを入れたマンゴーのような写真が撮れてしまった。おいしそう。


灯明

区域内の高校の運動場にて。上から見ると高校の校章の形をしていた。灯りの美しさもさることながら、この日一番テンションが上がったのは、久々に学校という場所に足を踏み入れたことである。3階の渡り廊下からであればきれいに見えるとのことで、一般人にも開放されていたのだ。
物騒な事件も多いため今は卒業生であっても学校に簡単に入ることは難しいし、堂々と中に入れるなんて新鮮。この日のクライマックスである。


ポスター

校舎内にあったポスター。たまらんね。

その日は中洲にあったホテルに泊まった。繁華街というだけあって、歓楽街特有のいかがわしい路地やホスト的な人でにぎわっており、大変活気があって面白かった。もちろん我々は風紀正しく即チェックイン、お部屋で乙女のお茶会としゃれこんだのである。


****


水郷

翌日は西鉄大牟田線に乗り、柳川まで足を伸ばしてみる。
今回私は酔い止め薬を忘れてしまったのだが、友達はきちんと乗車30分以上前に飲んでいた。それも、小学生時分に私が「一番効く」と彼女に推薦した『Aネロンニスキャップ』という薬である。
私は自分よりも乗り物に弱い人は彼女以外にまだ出会ったことがないが、彼女もまたそうなのかもしれない。まだこの薬を愛飲しているようだったから。


水郷

船頭さんは御年86歳、生粋の筑後っ子である。途中舟唄なども紹介してくださって大変良いお声だったが、いかんせん筑後弁がほとんど聞き取れない。友達も「全然違う言葉みたい」と言っていた。
よほどきつい訛りでない限り、自分は少し時間がたてば比較的聞き取りができる方である。ところが、筑後弁というのはまったく初めて聞く印象で、肝心のガイド的な説明部分は一切聞き取れなかった。

その甲斐(?)あってか、70分というゆったり、ゆるりとした船旅で途中何度か意識が飛ぶ。うらうらと平和だった。

我々の船はなぜかみんな観光用の笠(200円)を借りて意気揚々とかぶっており、傍からみるとノリノリのメンバーだったのだが、筑後弁を全員が解しないせいで案外船内は静かだった。テンションが上がっているのかそうでないのかよくわからない様子の船だったと思う。


柳川

階段に律儀に上がって休む鴨たち。


河童

怠けている河童などもいる。


供養碑

柳川はうなぎのせいろ蒸しが名物で、私も昼食にいただいたのだけれども、そのために途中に鰻の供養碑が建ててある。思っていたよりもゆるい碑だったので拍子抜けしてしまった。ともあれ、ありがとう、おいしくいただきました。


供養碑

ところがその周りは激しく商業的な様相を呈しており、本気で供養しているのか何なのか、全く誠意が感じられない作りで愕然とした。ギャップが面白すぎたのでつい写真におさめてしまう。
電光掲示板で表示された『めんたいちくわ』に至っては点滅したり、フラッシュのように飛び込んできたりしていた。ああ。


歌碑

北原白秋「待ちぼうけ」の歌碑。あちこちに歌碑はあったのだけれど、ひっそりと現れては船頭さんが「右でしょが」、「左でしょが」と紹介してくださるのを聞き落としてあまりたくさんは見ていない。
しかしのんびりと風景を眺められて天気もよく、とても気持ちがよかった。


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船を降りたあとは名物の鰻を食べて少しぶらぶらし、北原白秋生家へ。
ずいぶんと広い母屋と蔵だったが、62棟が近隣からの火事で類焼し(それが倒産の原因となった)、残ったのがそれだけだったそうだ。元はどれほど広い敷地だったのか想像もつかない。
母屋の裏にあった、「からたちの花」は「咲い」ていなかった。季節が違うので。

しかしこの生家はなかなかふざけたところで(※褒めています)、

記念館

トイレの案内看板はこんなのだし、

記念館

「ちょっきん ちょっきん ちょっきんな」の慌てた蟹にかけて、裏の掘割で獲ってきたらしき「慌てない蟹さん」を展示していた。
きっと全国の蟹を集めてきたところで、詩人の類まれな感性がなければ慌てている蟹はしゅびよく見つけられないと思う。


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そのまままた西鉄に乗って博多へ戻り、お茶をして新幹線の時間待ち。
帰る前、心づもりはしていたものの、お土産で荷物がたくさんになってしまった。すると友達が、荷物になると思って自分がずっと持ち運んでいてくれたのであろう、最後に博多福太郎のお菓子の箱を「これ、お土産に」と渡してくれた。

すると、見送りのために用事を早く切り上げて会いに来てくれた友達のお母さんより、「これ、お土産に」とチョコレートショップのお菓子をいただく。博多で有名なパティスリーなのだそうだ。さらに、博多焼のストラップ(友達と色違いで買ってきてくれた)。そして、帰りの新幹線で食べるようにと、駅弁とお茶まで持たせてくれる。

あたたかすぎる・・・!もう30歳になったというのにこれだけたくさんの物を持たせてくれて、何だか疎開する子どものような気持ちになった。実際、周りからもそのように見えていたにちがいない。
また、「ずいぶん背が伸びてお姉さんになったね」と、驚くようなことを言われたりして新鮮だった。確かに当時私は身体が小さくて、友達の方が背が高かったから。

久々の旅行は終始こんな様子で、帰宅してから友達にお礼メールをすると、お礼とともに「teaちゃんとしゃべってると、前向きになれるよ、素敵!」という旨の返信があった。
お互いにそうだったんだろうなぁ、そして今私に寄せられている流れが彼女にとっても必要な方向へ向かう力だったから、突然福岡まで会いにいくことになったのだろう。お互い呼ばれたんだな、きっと。つまり私は派遣社員ということ。

そう思うとやはり今までの出会いに感謝せずにはいられない。
そうして自分が得てきた豊かさを、ディテールとして体現できるような、そんな自分でいられたらいいと思う。


・・・時は逝く、何時しらず柔かに影してぞゆく、
   時は逝く、赤き蒸汽の船腹の過ぎゆくごとく。(過ぎし日第二十)
     ― 『思ひ出』「わが生ひたち」(北原白秋)より



「思ひ出」は「思ひ出」として、前を向くときも、後ろを向くときも、あくまでも勇敢にね。





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