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2012.07.29 贅沢な記憶力
宵山

京都に少しの間住み、かつしばらく通ってさえいたくせに、実はろくに祇園祭に行ったことがなかった。
観光地だって桜だって紅葉だって、外の土地の方が来られるときぐらいしか案外行かなかったりする。いつでも行けるというのはまったく甘い汁だ。

先日、退職された職場の方が「仕事をしているときは『時間ができたらあれをしよう、あそこに行こう』と夫婦でいくらでも話せたけれど、いざ退職したらどこにも行く気がしない」と言っていた。似たようなものかもしれない。

今回はありがたいことに遠方から家族旅行で来られる友人が声をかけてくれたので立ち寄った。あのお囃子の間延びしたような独特のリズム、いかにも京都という感じがする。






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ぐり茶

こんな暑い日は氷出しに限る。日頃なら「カラン」ぐらいはいう氷たちが、今日は無言のままじりじり溶けていって、「あられもない」という形容詞が想起される。
あ~れ~、という感じでへなへな溶けていくのが、たまらんかわいさ。食は色気。

これをおいしくいただこうとパソコンで作業しながら急須とにらみ合っていたが、暑さによる頭痛でダウンして横になってしまった。起きたらすっかり渋くなっていて残念。食と色気は、タイミングが重要である。


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あれもしたい、これもしたい、ああもっと体力があればなぁといつも思っている。
春先に受けたワークショップで「もっと体力がほしい」と主張したところ、いろいろな人の客観的なご意見や後ろの方のお導きによって、「すでに無理しすぎ!」「断る勇気!」という答えが出て、一時は生まれ変わった私。ところが三つ子の魂百までというように、すぐに変身はできないのだった。

今回も性分が災い(というのか幸いというのか)して、来月にある友達と後輩の結婚式のお祝い写真集めをする。
これは簡単な作業だけれど、何分直前に決まったので時間がない。あわてて皆さんにお願いすると、いの一番に返してくださったのは一番忙しいだろうと思っていた先輩だった。
「平日は無理なので」、ということで即座に写真を送ってくれて、しかもそのクオリティが高すぎたため後続はどうしたら良いか困る。自分も撮るということを忘れていたじゃないか。
ハードルだと思っていたらいきなりしれっと棒高跳びの高さにバーを設置する、先輩のクオリティは健在である。

みんな忙しい人たちなので(それだけホルンパートの卒団生は優秀な人材ばかりということですな)、週末になってどどっと返事が返ってきた。ありがたい、これだけの無理を言ったのに皆さんのあたたかい気持ちに感謝。

本日まとめて作業しようとしていたところ、集合写真のデータが今度は見つからない。
折しも猛暑日で、前日の夕方からずっとガンガン響く頭痛を抱えていた身としてはつらい。
大したことでもないのにだんだんイライラしてくる。「期限を過ぎて結局返事がない人はもうなしで良いということか」、「それにしてもこの男はパートの行事にことごとく参加していない、オフ写真がないじゃないか」、まったくもう。

このイライラは単に今日という日が暑すぎたせいであって、本日自分のあずかり知らぬところで私から勝手にプチイライラやプチ殺意を抱かれ、身勝手な冤罪をかけられた皆さまへは、ここでお詫びしておく。それらはすべて日が沈んでから回収いたしました。

まぁ、言わなければそんなこと知る由もないと思うけども。

結局集合写真はスキャナで取り込んだ。そういえばその当時、私はまだデジカメを持っていなかったのだ。
時代は進んだなぁ。いや、自分が年をとったのか。


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さて、7月の三連休は国内のオーベルジュへ。
去年の夏にフランスでオーベルジュに泊まったことがとても思い出深くて、日本でもぜひ行ってみたいと思っていたのだった。

ウェルカム

森の中の宿。こんなところからウェルカムしてもらえてうれしいねぇ。

宿はとても快適で、まるで普通の家のようだった。早速くつろぎ、珈琲をいれ、服を脱いで装飾品を外してごろごろする私たち。家族ともなるとこんなあられもない姿もありで、大体姉と旅行に行くと、部屋に入る→服を脱いで横になる、という行動がストレートフラッシュで直結である。ちなみに、我々はそれを「一ゴロン」と呼んでいる(「ゴロン」はくつろぎの単位)。

「何もしない贅沢」を追求する宿だそうだけれど、結構家でも友だちの家でもそれをやれている気がする私たちにとって、はたして必要な場所なのかどうか。
とりあえずひたすらくつろいだ。

メソン

近くにあったギャラリーにて。こんなおしゃれな空間があるかね。
どうやったらこういうものが生活と密着するんだろう。生活と生活感とを切り離すだけの相当強い意志が必要そうだ、とただ今ごちゃついた部屋の中でパソコンの前に座って感じている。
便利さや快適さ(というと語弊がありそうなので、使いやすさや気楽さと言い換えてもいいかもしれない)と生活感とは相関関係にあると思う。

ねこ

散歩していたら、「何かを見た」感じの家政婦を見た。


その晩の食事は本当においしくて、身体にしみわたるようだった。
あまり普段話すことのないような話を姉とじっくり語る。姉は特に、「こんな深い話ができるとは思わなかった」と感激していたようだった。
普通に生活していて過ぎていく時間とは違う。「使える」と認識できるだけの時間があるというのは、本当にいいことだ。


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翌日もおいしすぎる朝食を食べ、さっとチェックアウトして駅へ。
オーナーもフロア担当さんもジェントルマンで、マダムは淑女で、みなさん本当に素敵な方だった。髪を切ったばかりのこけしみたいな小娘も、丁重に扱ってもらった。

「泳ぐ季節以外は閑散として、何もない駅です」とのこと、今の時期は水浴客でとてもにぎわっている。

メソン

こういうフォントっていうのは、書こうと思って書けるもんじゃないね。ノスタルジック。

メソン

歩いているだけで果てしなくどんどん見つかるので楽しい。


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電車で京都へ戻り、夜に会う予定だった友人宅へ昼間に飛び込み。
別の友達も泊まりにきていただけでなく、妹さんまでもきてお豆腐を食べていた。さすがの美意識のなせるわざ、おやつにおとうふ。

二人とも初対面だったけれど、話にはよく聞いていたので初めて会った気がしない。
結局ここにいた時間が一番笑ったかも。

どんなに素敵な憧れの場所にいても、気の合う仲間や好きな人がいないと、そりゃあ味気ない。

友人宅をあとにして、今度は待ち合わせの御茶屋へ。
宵山の日とあって京都は人が多く、約20組待ちだった。ずいぶん待ったけれど、友人夫妻とその娘さんと一緒だったので、ずっと楽しく話をしながら。あの年頃の子どもって、じっと眺めていてもずっと飽きない。
何でも触りたいし、何でも持ちたいのね。好奇心旺盛っていいなぁ。

お茶をして祭りをすこしひやかし、鉾を一つ二つ見て帰宅。

連休はずっと外に出ていて楽しい時間を過ごしたけれど、やはり家に帰るとほっとする。
学生時代にも私は『1or8』というタイトルで随分長いことブログを書いていて(結構そのタイトルは気に入っていた)、ある日の日記に、「帰る場所があるから、旅は楽しい」としたためたことがあった。
そのときにある後輩が、その言葉に「感銘を受けました」とコメントしてくれたことがあってうれしかった。

その後輩が、来月結婚式を迎える新郎である。そんなことよく覚えてるでしょ、君がいろいろと起こしてくれた面倒や厄介事の一部始終もしっかり覚えてるぜ・・・!私はそういう記憶力の持ち主なのである。大事なことは覚えられないくせに。

そういうわけで新婦たる私の友達を大事にしなかったらどういうことになるか、覚悟しておいてもらおうと思う。
二人の結婚式、楽しみです。




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