上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
マチュピチュ2

マチュピチュ遺跡から見た山々。朝日をうけて美しくそびえているところへ、ちょうど鳥が飛んできた。あんなところを飛べるなんていいなぁ。

何せここに来るまで、我々人間の足では遠かった。飛行機で大阪から成田、成田からヒューストン、ヒューストンからリマ。さらにリマからクスコまで飛行機に乗り、クスコからオリャンタイタンボまでタクシーをつかまえ、オリャンタイタンボからアグアスカリエンテスまで電車に揺られ、アグアスカリエンテスからマチュピチュまでバスに乗って、道という道を通り、乗り物という乗り物を駆使して、ようやく着いたのである。

君たちは道がなくても飛べるのね。自由だ。自由だし、孤独だ。





****


更新が遅れてしまったけれど、無事にペルーから帰国しました。
南米大陸は初上陸。行く前からもう、楽しみは2%程度、あとの98%は不安と心配しかなかった。大抵海外旅行に行くときはそうだけれど、ここまで不安が大きかったことはいまだかつてない。

もともとが度を越した小心者の心配性、身体も頑丈でない、家大好きの私は、そもそも海外旅行なんて向いていないのである。ツアーで行けば良いものをツアーの団体行動では体力がもたないし散策は自由にしたいしで、いきおい個人旅行になる。するとそれはそれで手配等に奔走せねばならない。特に今回、遺跡の入場料やバスチケット、電車のチケットを手配するのが結構大変だった。

準備段階からすでに色々考えてしまう。ペルーは遠い。何せ地球の裏側だ。日本と同様、地震が多い。突然大地震に見舞われたら、どうやって帰ってきたらいいのか。何度も飛行機に乗らなければならない。無事に離着陸するだろうか。高山病にかからないか。遺跡とトレッキングの体力がもつだろうか。事前のトレーニングも十分でないのに登り切れるだろうか。

でも仕方ない、どうしてもマチュピチュに行きたいんだから。
この気持ちがなければ絶対にあんな遠くまで行けなかった。自分の中に灯ってくれた情熱にただ感謝である。

ペルー旅行中にあまり食事ができずに3kgほど痩せて帰ってきたのだけれど、帰国後3日ほどおいて突如として爆発的な食欲に見舞われ、既にリバウンドしつつある。
遺跡に行くためにあんなに身体が勝手にデトックスしたのに、ただ今すごい勢いでトックス中。そんな言葉があるのかどうかはさておき。

実をいうと私は、胃腸が弱くて小さいころから年に1~2回の断食をしてきている。そんな断食界ではかなり上位にくい込むほどの断食マスターなわけだけれども、ここまでうまく(そして期せずして)デトックスしたのは初めてだった。何も食べていないのに結構元気で、しかも排出はどんどんされていく。感覚はどんどん冴えていく。

だから今になってあれやこれや雑多な物を摂取しているうちに日々感じられるのは、「身体が毒されていくってこんな感じか・・・」という実感である。物が口に入るときに、添加物や保存料の存在感がものすごく強くて、ちょっと食べたくないなぁ、これ人間の食べる物の感じじゃないなぁと思うのに、一旦少しでも身体に入ると最後、依存性があるのか、不思議と止まらなくなるのである。チェーンスモークみたいに食べてしまう。

哀しいことに清浄な身体の感覚が残っているので、今はただ、肉体がジャンクになって汚れていく不快感だけを味わっている。本当に、こういうものを食べていたら確かに人間は死んでもしばらく腐らないかもしれない、という気がする。


****


マチュピチュ

遺跡の後ろにそびえる山がワイナピチュ(=ケチュア語で『若い峰』という意味だそう)。ここに登った。

先ほどから出ているデトックスというのは何かと言うと、行きの飛行機ですこぶる調子が悪くなり、機内食もほとんど食べられず、飛行場で雷雲が発生したため着陸許可が降りず、ずいぶん遅れてホテルについて、何も食べずにとにかく昏々と寝てしまった。その翌日もタクシー・飛行機・電車といったあらゆる乗り物に酔い続け、都合3日間ほどほとんど何も食べていない状態。酔い止め薬を大量に消費。
遺跡へ上るという日の朝も、タンパク質を摂っておきたいのに結局、果物ひとかけぐらいしか入らなかった。

あの時期にペルーにいた旅行者の中で私は、最も脆弱な生き物だったに違いない。ペルーには非常に日本人が多かったけれども、見たところ、南米にいる日本人は日本人の中でも比較的強いDNAを持っているのではないか。皆さんすこぶるタフで元気そうだったもの。

あとで人から言われて納得したことだけれど、神聖な場所へ行くために、この汚れきった身体を浄化しておこうということだったのかもしれない。

おかげでとてもすがすがしい気持ちで遺跡にも行けたし、気持ちよく登山もできた。身体が軽い。いろんな意味で。
ある人から言われた「しっかりメッセージをもらってくるように」という激励も、鈍い人間が行くのに大丈夫かなぁと心配しつつも果たせたと思う。きっと、その鈍い感覚を少しでも冴えさせようとデトックスが行われていたのだ。

早朝の遺跡はパワーに溢れ、ものすごく身体のすみずみにまでしみこんでくるような感じがあった。何せ細胞の一つ一つまで空っぽなんだから、チャージしかされようがないのだ。


そのほかに不思議なこともあった。午後になって遺跡を周っているときに突然、「雨が降るから今すぐに下山しよう」と提案したくなって、たまらず途中で下山した。天気は悪くない。ただ、山師でも気象予報士でもないのに、なぜかそんな気がしたのである。すると、ふもとのバス停に着いた途端にざあざあ降りの雨。
さらには「まだ強まると思う」と予告したとおりどんどん雨脚は強まり、雷をともなって強く降り続いた。普段これほど降ることはないのだそうだ。
トレッキングがもし翌日だったら、もやしっ子の私やヘルニアの姉はひとたまりもなかったと思う。遺跡にいる間は快晴で、本当に運がよかった。

きっと太陽の神様が、すぐに下山するようにと伝えてくれたにちがいない。ありがとう、神様・・・!



登山

遺跡を眼下に、神々に感謝をささげるの図。実はこの下は完全に垂直の高い崖なので、少しびびっている。


Peru

クスコの乾いた大地。VIVA EL PERU!


****


さてまた、時間の都合が着き次第、旅行記を書きます。

主なトピックは何といっても遺跡のこと、気温のこと、奮発した高級リゾートホテルの卓越したサービス、幻のビクーニャ襲撃事件、クスコでのこどもの遊び事件、ムイ・パノラミコの流行、南半球での世界地図探し、カノープスらしき星の観測、などなど。

ビクーニャ

これは、後のビクーニャ襲撃事件で出てくる幻のビクーニャ。ペルー文化庁で飼われており、無料で触れ合える。なぜ「幻」かというと、ビクーニャがその上質な毛質や肉のために乱獲され、あまり姿が見られなくなったため。現在はきちんと保護されている。

この子もかわいくちょこんと座っているようだけれども、我々が離れるとおもむろに立ち上がり、まっすぐに追いかけてきて突進された。おちょくれそうな観光客を狙った、悪質な犯行(ひまつぶし)である。まさかペルーにて、幻のビクーニャのサイドをとろうと格闘する羽目になるとは。

そんな、普通に旅行していたら出てこないであろうトピック満載の、これからペルーに行こうとする人にとってどれほど有益か甚だ疑わしい旅行記、ぼちぼち更新予定です。






Secret

TrackBackURL
→http://teaplan.blog61.fc2.com/tb.php/672-8857de7f
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。